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青森県立郷土館ニュース

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日本初の自然遺産-ブナ原生林残る白神

津軽の遺産 北のミュージアム 第15回

隆起し続ける白神山地
 白神山地は日本初の世界自然遺産で、平成5年(1993)、屋久島と共に登録された。世界最大規模のブナ林が原生的な状態(生きものと環境のバランスのとれた状態)で残っていることが評価された。炭焼きやマタギなどの人たちが厳正な掟(おきて)を守りながら自然とうまく付き合ってきた賜(たまもの)である。
 白神山地は海底に堆積した火山噴出物や土砂からなる地層が隆起してつくられた。そして現在も激しい隆起が続き、そのスピードは日本でも有数であるという。また、シベリア寒気団の影響で多量の雪が降り、雪がもたらす大量の水によって浸食を受け、急峻な地形がつくり出された。そのため、雪崩等による崩壊が多い山である。

氷河期の生き残り(遺存種)
 地球の気候はこれまで寒冷な氷期と温暖な間氷期とを繰り返してきた。寒冷化により本州と北海道、大陸が陸続きになった際、北方系の植物が南へ広がった。氷期が終わって気候が温暖になると、それらの植物は再び北へ移動したが、一部は山の上へと移動したことで生き延びた。これらは氷河期の生き残り(遺存種)といわれ、ごく限られた地域にだけ分布する。その中でも、白神山地で発見され、新種として発表された「白神山地を代表する植物」を紹介する。
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アオモリマンテマ(ナデシコ科)

膨らんだガクをもつナデシコ
 アオモリマンテマは、その名のとおり青森県で採集されたものに基づいて新種発表、記載された。当初、中・西津軽郡で発見されたが、後に津軽半島や秋田県の一部(男鹿半島、和賀岳)にも分布していることが分かった。
 昭和14年(1939)、青森県博物研究会により刊行された『青森県博物総目録』に村井三郎氏が「エゾヤママンテマ」と記録したものが本種に相当する。しかし、当時は写真や線画が豊富な図鑑がなく、北海道で発表されたものと青森県のものが同一であると村井氏が考えたのもやむを得ないことである。昭和30年代後半から40年代にかけて、地元で植物を研究していた複数の人から水島正美博士(ナデシコ科分類の専門家)のもとへ情報が寄せられた。水島博士は現地を訪ねて自らも採集し、ほかの採集品と併せて入念に検討し、新種発表の論文原稿をほぼ完成させていたが、病気によって他界された。そこで水島博士の恩師である原寛博士により新種として発表・記載された。
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シラカミクワガタ(ゴマノハグサ科)

昆虫に似た名をもつ植物
 シラガミクワガタは「白神」の名をもつ唯一の植物で、花弁には濃色の条があり、花後、果穂は伸びる(写真)。昆虫に似た和名のため間違えられることがあるが、果実期のガクが兜(カブト)に付いている鍬形(くわがた)に似ることに由来する。春早く野原で見られる青色花のオオイヌノフグリと同じ仲間である。当初、ミヤマクワガタであると考えられたが、近年、新種とされた。前述の『青森県博物総目録』にも「ミヤマクワガタ(ミヤマトラノヲ)山地岩石地(出羽丘陵)vr(注=非常に少ない)」の記録がある。平成5年、山崎敬博士により、西津軽郡や秋田県八森(能代市)で採集された標本と東京で栽培された標本(西津軽郡産)に基づいて新種発表された。青森・秋田県にまたがる白神山地のごく限られた岩場でしか見つかっていない。
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岩の割れ目に生えるツガルミセバヤ

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ベンケイソウ科としては珍しい白色花

旺盛な生育の植物
 ツガルミセバヤはベンケイソウ科に属し、葉が厚く、強い乾燥にも耐える。岩の割れ目などわずかな窪(くぼ)みにしっかりと根を張り、時には葉のつけ根に不定芽をつくり、繁殖力は旺盛である。前述の『青森県博物総目録』にある「ヒダカミセバヤ(エゾミセバヤ)山地岩石地(出羽丘陵)」が本種に相当する。地元の協力により、昭和31年(1956)に西津軽郡産の個体(生品)が原博士のもとへ届けられると新種らしいとの返事があったという。翌昭和32年、原博士は東京で栽培し、開花したものをもとに新種発表された。その後、大場秀章博士によって、ロシアのウスリー地方のものと近縁であることがわかり、学名が変更された。平凡社発行の『日本の野生植物 草本Ⅱ』には、向白神岳産の株の写真が掲載されている。その後、白神山地のほかに、津軽半島や青森市の山地などにも分布していることが分かっている。秋になると全体が紅葉して美しい。
 これらの植物は、いずれも崩壊しやすい岩場に生え、他の植物との競争を避けてきたことが窺われる。
 また、新種発表に使われた標本(タイプ標本)はいずれも東京大学総合研究博物館に保存され、類似したものが現れた際に比較検討される。
 今回紹介した植物の一部は、青森県立郷土館で展示・紹介されている。
(県立郷土館研究主査 神 真波)


○ひと口メモ
「学名」万国共通の名。ラテン語で表記され、つけ方には国際的な約束がある。
「和名」日本各地で一般的に用いられる名前。特に定められた約束はない。

※ この記事は、陸奥新報社の承諾を受け、2007年7月2日付け陸奥新報から転載したものである。
by aomori-kyodokan | 2008-01-09 13:29 | 北のミュージアム
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