渡英後はつかうことなく
松山忠三が渡英時に使用したパスポート
青森県立郷土館に美術部門が置かれたのは、平成元年からである。以来、青森県出身作家の特別展をおおよそ年1回のペースで開催して来たが、当館の美術作品(資料)については、その特別展の開催が切っ掛けとなって寄贈していただく場合が多い。
当館が1996年9月に開催した特別展「日本近代水彩画の全盛期と松山忠三展」は、板柳町出身の水彩画家松山忠三(1880~1954年)の水彩画115点を展示したもので、忠三が描くみずみずしい透明感にあふれた英国の風景画と、第二次世界大戦を挟んで英国と日本のはざまで苦悩した彼の波乱の人生が、多くの方々の共感を得、その結果、開催日数23日入館者11,766人という高い数字を示した。
紹介の資料は、忠三展の開会式に参列の為、英国から来日した忠三の長男、エリック・マックスウエル氏が、当館に寄贈された資料のひとつ――忠三が英国に旅立つ時に使用したパスポートである。出発時には、自分がパスポートを使用することがその後二度とない運命を知るよしもなかったであろう。父の苦労を間近でみていたエリック氏は、忠三が1947年に英国籍を収得したあと「私は日本人だしこれからも変わることはない」とつぶやいたことを記憶している。
(前県立郷土館副課長 對馬恵美子)