
青森市野内の東北本線ガード下付近。遠くに上北鉱山から鉱石を運んできたバケットが写っている

野内駅に入ってくる蒸気機関車。左にある貯鉱場から鉱石を積み込み運んだ
2枚の写真は、昭和32(1957)年3月に、青森市野内で撮影されたものです。上の写真には、東北本線ガード下を通る国道4号が写っていますが、道路奥の方には木組みの橋状のものが見え、その上には上北鉱山から鉱石を運んできたバケットも見えます。
橋状のものは、バケットから鉱石が道路に落ちないように防護ネットを張っていたものだと思われます。このバケットは、写真左の方にある野内駅に鉱石を運んでいました。
下の写真には、青森駅方面から野内駅に入ってくる蒸気機関車が写っていますが、その左に上北鉱山の貯鉱場とそこから奥へ続く索道(貨物専用のロープウエー)が見えます。上北鉱山から運ばれてきた鉱石は、この貯鉱場から列車に積み込まれました。
上北鉱山の索道は、昭和13(1938)年に野内港までの約19㌔が完成し、最初は船で鉱石を運び出していました。その後、列車での運び出しも必要となり、写真に写っている野内駅までの分索が、昭和15(1940)年に完成しました。この索道では上北鉱山から鉱石を運んだほか、鉱山へバケットが戻る際には生活物資を運んでいました。
野内駅にはこのほかに、東岳の同和鉱業野内採石所(藤田組)からも石灰石を運ぶ索道が来ており、列車で石灰石を秋田県小坂鉱山へ運んでいました。
(県立郷土館・島口 天、写真はいずれも安田城幸氏撮影)
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