ブログトップ

青森県立郷土館ニュース

kyodokan.exblog.jp

写真で見るあおもりあのとき 第85回「藤田組電練所の壁 十勝沖地震で倒壊」

b0111910_942642.jpg
写真中央部奥に見えるのは藤田組電練所。レンガ造りで目立っていたという=昭和32年2月撮影

 上の写真は、昭和32(1957)年2月に、青森市合浦小学校付近から海側を撮影したものです。中央奥に、頂部に突起物のようなものがのった家型の大きな壁が写っています。この壁はレンガ造りでよく目立ち、国道からも見えたそうです。




 このレンガ壁は、大正7(1918)年に建設された藤田組電錬所の一部が残っていたもので、昭和43(1968)年5月16日に発生した十勝沖地震によって倒壊するまで建っていました。藤田組は、秋田県の小坂鉱山を経営し、青森市東部の東岳で採掘した石灰石を小坂鉱山へ運んでいました。その藤田組が、下北地域で採掘した砂鉄を使い、電気炉で合金鉄を製造するために建設したのがこの電錬所でした。
 藤田組電錬所は、第一次世界大戦が終結したことで合金鉄需要の減少が見込まれたことと、砂鉄が合金鉄の電気製錬にあまり適していなかったことにより、建設からわずか2年後の大正9(1920)年には閉鎖されてしまいます。その後、ここは藤田組製材所になりました。
 国道4号から藤田組があった場所へ向かう道路は、今でも「藤田組通り」という名称で呼ばれています。おそらく、国道からも見えた藤田組電錬所のレンガ壁が、ランドマーク的な役割を果たしていたことによるところが大きかったと考えられます。
 なお、当館では藤田組電錬所関係の写真を探しています。お持ちの方はご連絡ください。

b0111910_961520.jpg
上の写真と同じ時に撮影された藤田組通り。青森ガス株式会社のガスタンクが見える。

(県立郷土館 島口 天、写真はいずれも安田幸城氏撮影)
[PR]
by aomori-kyodokan | 2012-04-05 09:08 | 写真で見るあおもりあのとき
<< 写真で見るあおもりあのとき 第... 写真で見るあおもりあのとき 第... >>