ブログトップ

青森県立郷土館ニュース

kyodokan.exblog.jp

<   2015年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

ふるさとの宝物 第113回 独鈷石(どっこいし) (県重宝、風韻堂コレクション)

呪術用? 特異な形の石器

b0111910_15223671.jpg


 独鈷石(どっこいし)という言葉から、写真の資料と結びつくだろうか。名称は仏具の独鈷に似ていることから名付けられた石器である。縄文時代後期から晩期に現れ、比較的東日本に多い。他の石器に比べ出土例はまれで、県内では10例ほどしかない。
資料はつがる市亀ヶ岡遺跡から出土した縄文時代晩期の石器である。長さ16.1cm幅3.1cm。資料全体は良く研磨されているため表面は滑らかで、光沢のある黒い色をしている。中央部には帯状の突起が二つ巡る。この突起を仏具では鍔(つば)と呼ぶ。端部の形状は磨製石斧の刃先に似ていることから、石斧に区分されることもある。
実際の用途については未だ解明されていない。多くは、実用的な道具というより、石斧の特徴をもつ生業にかかわる呪術的な道具と考えられている。このように考古資料には用途が特定できない特異な形状のものもある。果たしてこの石器に託された縄文人の思いとは。
(青森県立郷土館 主任学芸主査 杉野森淳子)
[PR]
by aomori-kyodokan | 2015-09-24 15:19 | ふるさとの宝物 | Comments(0)

ふるさとの宝物 第112回 右衛門六良仏(えもんしろうぶつ)

民衆の願い、祈り反映

b0111910_1153114.jpg
1969(昭和44)年に青森県南部地方の旧家から寄贈された右衛門四良仏(県立郷土館蔵)


 家々が立派な仏壇を設けるようになったのは、近世からだとされている。よってそのなかに仏像を祀るようになったのもそれ以降のことであろう。写真は、おもに十和田市や七戸町周辺などの青森県上北地方の寺社や旧家の仏壇、神棚、台所などに祀られてきた素朴な丸彫りの木像で、「右衛門四良仏(えもんしろうぶつ)」と呼ばれてきた形式の仏像である。作者は、十和田市洞内の旧家、長坂屋右衛門四郎家の当主でありながら、18世紀中期から後期にかけて多くの仏像を造って活躍し、1779年頃に没した大工「右衛門四良(えもんしろう)」だとされている。右衛門四良は、このような僧形の像だけではなく、観音像や恵比寿像、鬼形像、十王像など、バラエティに富んだ像を残している。当時の民衆の様々な願いや祈りに応じて彫ったのだろう。
(県立郷土館主任学芸主査 小山隆秀)
[PR]
by aomori-kyodokan | 2015-09-17 11:04 | ふるさとの宝物 | Comments(0)

ふるさとの宝物 第111回 鈴木正治の木彫「○△□」

創造膨らむ不思議な形

b0111910_1150359.jpg

「形そのものとしても、単純にものが表現できれば最高だと思う」と語った青森市出身の彫刻家鈴木正治(1919~2008年)の作品は、これまでにも何度か紹介しているが、写真は○△□と題する木彫。一本の細長い木の中に、○と△と□を彫り抜いたもの。一つ一つの小部屋のような空間の中に、○△□が閉じ込められた作品である。
○(球体)と□(立方体)は狭い空間の中で動く。しかし、△(三角錐)はどういうわけか上部と一部の側面が切り離されていないので動かない(動けない)。限られた空間の中で動くモノと動かないモノがある。なぜなのか。外側に出られないという限界がありながらも、動くことができる○と□。動けない△は、まるで空間の中で浮いている一瞬を表現しているようだ。
途中で頭の中に描いた設計図から離れ、彫ることをやめたのか、制作者にしかその意図は分からない。想像する楽しさを与えてくれる不思議な魅力をもつ作品である。
県立郷土館は、10月31日(土)まで、深浦町美術館で連携展「鈴木正治作品展」を開いており、この作品をはじめ、絵画や版画約50点を展示している。)
(県立郷土館主任学芸主査 太田原慶子)
[PR]
by aomori-kyodokan | 2015-09-10 11:48 | ふるさとの宝物 | Comments(0)

ふるさとの宝物 第110回 新町通り(昭和28年)

時代を映す思い出の証し

b0111910_1329837.jpg

1953(昭和28)年の新町通り。木中良氏撮影。県立郷土館蔵。



 県立郷土館では、県民の方々をはじめとして、多くの方々から資料の寄贈を受けている。そのなかには、郷土の人々の思い出に関わるものもある。その一例を紹介したい。
 これは、最近寄贈された、1953(昭和28)年の青森市新町通りの写真である。松木屋百貨店から西(青森駅方向)を向いて撮影されたものである。現物は名刺程度の大きさではあるが、拡大すると、三輪トラックなどの古めかしいデザインの自動車のほか、屋台らしきものが見え、街の雰囲気がよくわかるのが興味深い。
写真の中央からやや右上にあたる所にある大きな建物は、菊屋百貨店である。建物の側面に「KIKUYA」とローマ字で店名が記されている。この店は 37(昭和12)年に現在のアラスカがある場所で創業した。この店舗は戦災で失われたが、その後数年で現在のみずほ銀行青森支店の場所に、この写真にあるような大きな店舗が新築された。
 昭和20年代半ば過ぎの新町通りは、戦後の復興が一段落し、菊屋のほか、富士屋、松木屋などの百貨店をはじめとする多くの商店が軒を連ねる、市内随一の商店街として繁盛した。
写真は、絶え間なく変化する地域の姿を残し、思い出の証しとなるものと言えるだろう。
(県立郷土館主任学芸主査 佐藤良宣)
[PR]
by aomori-kyodokan | 2015-09-03 13:26 | ふるさとの宝物 | Comments(0)