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青森県立郷土館ニュース

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ふるさとの宝物 第61回 手燭と「てど」

点火の仕組みに歓声

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先人の知恵が生かされた手燭(上)と「てど」(左)


 「手燭(てしょく)」とは、ろうそくを立てて持ち運ぶ移動用の燭台で、鉄や真鍮などの金属で作られている。「手持ち行灯(あんどん、別名てど)」とは、手に持って移動する行灯で、江戸時代には提灯が普及して部屋の中で使う照明器具へ変化したものである。
 出前授業で子供たちに、「電気が使えない状態で夜、トイレに行きたくなったらどうする?」と聞くと、「手燭をもってトイレに行く。」と子供たちは答えてくれる。「風が強かったら手燭使えるかな?」と聞くと少し考えて、「『てど』を使う。」と答えてくれる。「どうして『てど』なの?」と聞くと、「回りに紙がはってあるから。風でろうそくの火が消えないから。」と答えてくれる。つまり、子供たちは、『てど』が「手燭」よりも使いやすい道具であることに気づいたのである。また、「『てど』の蝋燭にどのようにして火をつける?」と聞くと、最初は、「手を『てど』の中に入れて火をつける」と答える子供たちが多い。「『てど』を良く観察してみて」と『てど』を子供達の前に差し出すと、「棒を上に引き上げてもいい?」と子供達。「引き上げてみてもいいよ」と引き上げさせる。「わぁーすごい」と歓声。またまた、昔の人の知恵に感動。このような感動を与える名品が「手燭」であり「手持ち行灯(てど)」である。
(県立郷土館学芸主査 伊丸岡政彦)

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by aomori-kyodokan | 2014-08-28 13:31 | ふるさとの宝物 | Comments(0)

発酵のプロによる講演・実演会について

 お陰様を持ちまして、本特別展の講演・実演会はすべて終了いたしました。
 毎回、多くの方にご覧頂きましてありがとうございました。
 


 青森県立郷土館では、私たちが日ごろ口にしている発酵食品を紹介する特別展『発酵食品パワー~ミクロのシェフとあおもり食文化~』を開催します。
 これに関連し、様々な種類の発酵食品製造に熟練した「発酵のプロ」をお招きし、講演や実演などを下記の日程で行います。なお、参加料は無料、事前のお申し込みは不要です。ふるってご参加ください。



9月 6日 (土) 13:30~15:00 花田 一雄 上北農産加工農業協同組合 
                                商品開発部部長
          「しょうゆのふしぎ」~限定50! 健骨醤油がもらえる講演会~

9月13日 (土) 13:30~15:00 工藤 茂雄 太子食品工業株式会社
                                代表取締役社長
          「納豆は薬だ!-これを食べないともったいない-」
          ~甘酒が飲めるかも~

9月20日 (土) 13:30~15:00 佐藤  企 鳩正宗株式会社 杜氏
          「國酒を造る~鳩正宗の酒造り~」

9月27日 (土) 13:30~15:00 成田トモ子 JAつがる弘前岩木支部
                                女性部監事
           「ほっけスシの漬け方」
           ~スシと杏のウメ漬けの試食ができる実演会~

10月 4日 (土) 13:30~15:00 佐藤 弘之 味の素株式会社
                        バイオ・ファイン研究所元主席研究員
           「アミノ酸発酵の応用」
           ~味の素が明かすうまみの原点~

 ※ 場所はいずれも当館小ホール
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by aomori-kyodokan | 2014-08-26 13:29 | 企画展・特別展 | Comments(0)

ふるさとの宝物 第60回 黒曜石製石刃鏃

大陸の息吹感じさせる

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黒曜石の石刃鏃。表(写真左)に記された「尻ヤ」の文字が裏(同右)からも透けて見える

 石刃鏃とは、鏃[やじり]の一種、薄手の縦長剥片(石刃)を素材としその縁に加工を施される特異な形状からこのように呼ばれている。シベリアのアムール川流域を起源とし、ユーラシア大陸北東部に分布する大陸系の石器である。この石器の出現は約8000~7000年前頃と限られている。日本でも北海道北部から東部でこの時期(縄文時代早期)にのみ現れる。写真の資料は尻屋崎近く東通村ムシリ遺跡での採集品で、長さ39㎜幅11㎜厚さ25mm重さ1.2gと薄く小さい。光沢のある漆黒色の黒曜石で、明かりの下で見ると部分的に透き通る。黒曜石の産地を分析した結果は北海道東部にある置戸地区所山系であった。同様の産地の石刃鏃は渡島半島の長万部町富野3遺跡にても出土している。大陸の息吹を感じるこの資料が、どのようにして北海道からここまで辿り着いたか興味深いところである。ぜひ展示室で実見して考えを巡らせていただきたい。
(県立郷土館主任学芸主査 杉野森 淳子)
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by aomori-kyodokan | 2014-08-21 13:08 | ふるさとの宝物 | Comments(0)

ふるさとの宝物 第59回  マメコバチ

リンゴの受粉で大活躍

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マメコバチの巣。マメコバチは、ヨシの茎の中に卵を産む。8月末頃に成虫になるが、そのままヨシの中で冬を越し、春を待つ


 りんごは、他の品種の花粉がないと実を結ばないため、人や昆虫の手により別の品種の花粉を花のめしべに付ける授粉をしなければならない。りんご農家では、1955(昭和30)年頃から、確実に実を結ばせるために、人手による人工授粉を行うようになったが、これはかなりの手間がかかる。
 一方、昆虫による授粉の研究は、太平洋戦争直前に鶴田町の松山栄久(えいきゅう)氏が始めた。彼は、小型のハチであるマメコバチによる授粉をめざしてその増殖を手がけ、1944(昭和19)年には実用化に成功した。
その後も、各地でマメコバチに関する研究が行われた。藤崎町の竹嶋儀助氏は、1958(昭和33)年に『マメコ蜂とリンゴの交配』という指導書を発刊、1962(昭和37)年にはマメコバチ保存会を結成し、マメコバチを分譲する活動を始め、全国に15万匹を配布した。また、板柳町横沢のりんご生産者たちは集落全体でマメコバチの繁殖に取り組み、1979(昭和54)年に木村甚彌賞を受賞した。その後、農家の人手不足が深刻になるなかで、マメコバチによる授粉は急速に広まり、1997(平成9)年には普及率80%にまで達した。マメコバチはリンゴ農家の省力化に大いに貢献している。
(県立郷土館主任学芸主査 佐藤良宣)
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by aomori-kyodokan | 2014-08-14 11:55 | ふるさとの宝物 | Comments(0)

青森ねぶた祭り期間中の当館の様子

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今月2日から7日まで、青森市の中心街で青森ねぶた祭りが行われました。期間中、当館にも多くの方々にご来館いただきましてありがとうございました。この間、ねぶたのハネト衣装で来館された方が居られました。神奈川県海老名市からおいでの石沢さん御一家です。初めて当館を訪れ、当館のイベント『(ごう)土館(つちだて)』に参加、当館の常設展の中の名品を探しながら観覧し、その足でねぶたに参加されました。

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by aomori-kyodokan | 2014-08-11 11:54 | ニュース | Comments(0)

ふるさとの宝物 第58回 炭火アイロンと火のし

明治から変わらない形

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炭火アイロン(上)と火のし


 炭火アイロンは、明治時代に広く普及した。明治時代の日本は、既に火鉢や行火(あんか)などで炭を利用していたので、炭を熱源とする炭火アイロンは日本人にとって都合のよいものであった。形をよく見てみると、現在のアイロンと大きく変わらない。それほどアイロンに適した形であった。違う点に着目すると、炭から出る煙を出す煙突が付いている。写真には写っていないが、後方部には空気穴がついていて、その開閉で火力の調節を行うことができた。
 では、炭火アイロンが普及する前はどうだったのかというと、火のしを使っていた。火のしは平安時代に中国から伝わり、江戸時代に広く普及した。上方部が広いため、炭の量で火力を調節でき、その点は炭火アイロンより簡単である。
 炭火アイロンの写真は、よく見ると「火のし(右から読む)」と書いてある。アイロンという名前が一般的になっていない時代は「火のし」の方が分かりやすかったのだろう。
 この炭火アイロンは、郷土館が行っている出前授業「古い道具と昔の暮らし」で、現在も数千人の小学生を相手に活躍中である。
(県立郷土館主任研究主査 豊田雅彦)
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by aomori-kyodokan | 2014-08-07 11:50 | ふるさとの宝物 | Comments(0)