ブログトップ

青森県立郷土館ニュース

kyodokan.exblog.jp

<   2010年 09月 ( 9 )   > この月の画像一覧

デーリー東北 連載「懐かしの南部鉄道」1~6

 10月1日から11月7日まで、五戸町図書館を会場に当館と五戸町教育委員会が連携して企画した特別展「なつかしの南部鉄道」(主催、五戸町・青森県立郷土館)が開催されます。39年間にわたって地域住民に親しまれた南部鉄道について、南部バス株式会社から五戸町に寄贈された資料を中心に紹介してその足跡をたどります。観覧は無料となっていますので、多くの方々にご覧頂きたいと願っています。

 特別展開催に先立ち、地元新聞社「デーリー東北」紙の毎週日曜日に10回の連載が始まりました。同新聞社のご好意により、紙面の画像データをネット公開できることとなりました。記して、感謝申し上げます。

●第1回「歴史と資料発掘」」(平成22年8月22日掲載分)
b0111910_1583199.jpg


●第2回「足跡を次世代へ」」(平成22年8月29日掲載分)
b0111910_15101398.jpg


●第3回「県史編さんに寄与する資料群」」(平成22年9月5日掲載分)
b0111910_15113022.jpg


●第4回「ガソリンカー」」(平成22年9月12日掲載分)
b0111910_15125877.jpg


●第5回「十和田湖横断鉄道」」(平成22年9月19日掲載分)
b0111910_15134676.jpg


●第6回「青森県内の鉄道網拡充」(平成22年9月26日掲載分)
b0111910_15143672.jpg


●「なつかしの南部鉄道展」
開催期間 2010/10/01(金)~2010/11/07(日)
開催時間 平日10:00~19:00/土・日・祝日9:00~17:00
開催場所 五戸町図書館
入 場 料 無料
休 館 日 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)と2010/10/29(金)…館内整理日

●記念フォーラム「南部鉄道と地域のあゆみ」
開催日 2010/10/09(土)13:30~15:00
場 所 五戸町図書館視聴覚室
    ※申込不要
[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-30 15:15 | 南部鉄道 | Comments(0)

写真で見るあおもりあのとき 第9 回「地域の足・南部鉄道 十勝沖地震で被害」

b0111910_9415376.jpg
↑県立種鶏場前から300メートル五戸寄りの地点(昭和43年5月、五戸町蔵)
b0111910_94263.jpg
↑五戸駅構内の機関区前(昭和43年5月、五戸町蔵)

 南部鉄道は、昭和5(1930)年3月に「五戸電気鉄道」として、東北本線尻内駅(現八戸駅)に接続する形で尻内・五戸間で開業しました。さらに十和田湖を経て秋田県毛馬内に延長する計画や尻内から櫛引八幡宮・田面木・根城・糠塚を経由し、小中野・鮫・種差を結ぶ八戸延長線の計画があり、太平洋側と日本海側を結ぶ大構想でした。電化は実現せず、のちに「五戸鉄道」、「南部鉄道」と改称しました。

 昭和43(1968)年5月に発生した十勝沖地震で路線や鉄道施設が大きな被害を受け、結局復旧を断念して、翌年3月に廃止となりました。写真は被害状況の視察の際に撮影したものです。

 10月1日から五戸町図書館を会場に特別展「なつかしの南部鉄道」(主催、五戸町・青森県立郷土館、11月7日まで)が開催されます。39年間にわたって地域住民に親しまれた南部鉄道について、南部バス株式会社から五戸町に寄贈された資料を中心に紹介してその足跡をたどります。
(青森県立郷土館・竹村俊哉)


※県立郷土館は、県内の行事や街並み、農民の暮らしぶりなどを撮影した古写真を、広く県民の提供を受けるなどして収集しています。当館がこれまで集めた写真の一部を紹介しながら「ちょっと昔のあおもり」の記憶を52回にわたってたどってみます。(この項は、東奥日報社連載記事を転載したものです。)
 昔の写真などをお持ちの方は、青森県立郷土館(電話017-777-1585)までご連絡ください。

【関連写真】
b0111910_10435633.jpg
↑地割した五戸駅ホーム(昭和43年5月、五戸町蔵)

b0111910_1044973.jpg
↑崩落したトンネル入口(昭和43年5月、五戸町蔵)


【関連サイト】
● 「南部鉄道」
● 「南部鉄道路線図」
[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-30 09:40 | 写真で見るあおもりあのとき | Comments(0)

第3回北東北三県共同展~境界に生きた人々~東奥日報連載第3回

①末期古墳と北の集落
 飛鳥時代から平安時代前半にかけ、北東北では、末期(まっき)古墳(こふん)とよばれる墓が密集して作られた。県内では丹後平(たんごたい)古墳群(八戸市)と阿光坊(あこうぼう)古墳群(おいらせ町)が有名である。

 墓の多くは中央に木棺(もっかん)を安置した円墳で、周囲に幅1メートルほどの円形溝をめぐらせている。出土品には刀などの鉄製品、土器、各種の玉類、馬具などがあり、南からもたらされた品が多い。
 周辺には同時代の集落が分布していて、中には、有力者の居住を思わせるような大型住居跡が見つかった集落もある。

②南からやってきた逸品
 飛鳥・奈良時代の本県域では、現在の八戸市を中心に多くの集落が出現し、人口が増加したと思われる。気候が温暖化し、北東北でも稲作・畑作が容易になったためであろう。竪穴(たてあな)住居の形状や土器の種類などは南東北のものと共通性があり、南から新たな文化がもたらされたと考えられている。
b0111910_1634136.jpg
 注目されるのが、丹後平古墳群の最大の墓から出土した獅噛式(しがみしき)三累(さんるい)環頭(かんとう)太刀(たち)柄頭(つかがしら)(八戸市博物館蔵=写真)である。両面に牙(きば)をむきだした獅子をおき、周りを3個のC字環(かん)でつないでいる。金を主成分とする金属を貼り合わせたもので、朝鮮半島で6世紀ごろに作られたと考えられている。

 墓自体は8世紀前半のものだが、その100年以上も前の国外産の逸品が副葬(ふくそう)されていた点に、被葬者の権力の大きさが感じられる。
(青森県埋蔵文化財調査センター文化財保護主幹 齋藤岳)
◇       ◇
「境界に生きた人々」は9月17日(金)~10月24日(日)。9月25日(土)は記念講座。詳しくは県立郷土館017―777―1585へ
[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-27 16:36 | 企画展・特別展 | Comments(0)

第3回北東北三県共同展~境界に生きた人々~東奥日報連載第2回

①新幹線開業の副産物
 今年の12月4日、東北新幹線の新青森駅が開業するが、その工事にともない、貴重な古代の遺跡が発掘された。新田(にった)(1)・新田(2)遺跡を含む石江(いしえ)遺跡群である。

 新城川(しんじょうがわ)右岸の、標高5~8メートルの丘陵地及び沖積地(ちゅうせきち)に立地している。平安時代、九世紀後半から11世紀中頃にかけての竪穴(たてあな)住居跡、掘立柱(ほったてばしら)建物跡、溝跡、井戸跡などが検出された。特に10世紀中頃からは、集落のまわりに溝をめぐらせていたことが明らかになった。
b0111910_1634519.jpg

②少ない本県の古代遺物
 土器類では、土師器(はじき)や須恵器(すえき)のほか、擦文(さつもん)土器が出土している。ほかに、鉄滓(てっさい)や鍛造(たんぞう)剥片(はくへん)など鉄生産に関わるものがある。また、多量の木製品が出土しており、檜扇(ひおうぎ)(=写真)や荷札木簡(もっかん)・習書(しゅうしょ)木簡(文字の練習をしたものか)のほか、馬形・鳥形・刀形・族(ぞく)形などの祭祀(さいし)具が含まれていた。丘陵上の井戸跡からは、土師器とともに、木製仏具なども出土した。

 木製品の樹種同定を行った結果、ほとんどがヒノキアスナロ(ヒバ)であった。このことから、在地産の木材を利用して作られた可能性が高い。伐採年も、上限で西暦880年という数値が出ている。ヒバを利用した木製品は曲物(まげもの)や椀にも及び、多くを占めている。

 律令制の支配が及ばない地と考えられてきた青森県で、律令祭祀具に似た木製品や仏教的な要素をもつ木製品が出土したことは、当時の社会の様相を知るうえで重要である。
(青森県立郷土館 学芸主査 伊藤由美子)

◇       ◇
 「境界に生きた人々」は9月17日(金)~10月24日(日)。9月25日(土)は記念講座。詳しくは県立郷土館017―777―1585へ
[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-26 16:37 | 企画展・特別展 | Comments(0)

写真で見るあおもりあのとき 第8回「狭い橋を渡る2人のどかな農村風景」

b0111910_1923141.jpg
↑昭和32年6月16日、青森市筒井八ツ橋付近(安田城幸氏撮影)
b0111910_1654798.jpg
↑上の写真の現在の様子

 青森市を流れる荒川や駒込川も、かつては流路を幾度も変え蛇行していました。川沿いの農地は、流路の変更により分断され、農作業の妨げになることもありました。写真の橋も、そのために架けられたものです。橋の向こうは、ほぼ、現在の八ッ橋ニュータウンとみられ、手前が浜田玉川です。

 近所の人に聞くと、リヤカーがぎりぎり通れる狭いものだったが、だいぶ古くからあったそうです。しかし洪水のたびに流され、現在は鉄筋コンクリート製です。欄干がない頃は、自転車が落ちることがあったといいます。写真の頃は一面田んぼで、農作業帰りの二人が、夕日に照らされています。わずか50年程前ですが、この頃はまだのどかな農村の風景がありました。

 調べてみると、青森環状道路の事業化が昭和49(1974)年から。八ッ橋ニュータウンの市街化区域編入が平成6(1994)年ですから、住宅地化はそれ程昔のことではありません。しかし現在の様子と比べると、同じ場所とは思えないくらいの変わりようです。写真に写っている東岳は、なかなか見えなくなりました。
(青森県立郷土館 安田 道)



※県立郷土館は、県内の行事や街並み、農民の暮らしぶりなどを撮影した古写真を、広く県民の提供を受けるなどして収集しています。当館がこれまで集めた写真の一部を紹介しながら「ちょっと昔のあおもり」の記憶を52回にわたってたどってみます。(この項は、東奥日報社連載記事を転載したものです。)
 昔の写真などをお持ちの方は、青森県立郷土館(電話017-777-1585)までご連絡ください。
[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-23 16:14 | 写真で見るあおもりあのとき | Comments(0)

第3回北東北三県共同展~境界に生きた人々~東奥日報連載第1回

①高まる北東北への関心
 近年、各方面で北東北三県の結びつきが強まり、地域の内からも外からも、関心が高まっている。東北新幹線が青森まで延伸することにより、この傾向に拍車がかかるだろう。
 平成15年、青森・岩手・秋田三県の県立博物館は協力関係を結び、互いの研究成果や所蔵品を持ち寄って、地域の共通性や多様性を探る共同展を開催しようとの企画を立てた。早くも平成16年には第一回共同展「描かれた北東北」を開催し、近世の絵図や絵画を通じて、北東北の歴史をビジュアルに紹介した。 
 平成19年の第二回共同展「北東北自然史博物館~大地と生きものふしぎ旅行」では北東北の豊かな自然環境に着目し、気候・地質・動植物の共通性と多様性を提示した。

b0111910_19501973.jpg
↑青森市朝日山遺跡出土、伯牙弾琴鏡(はくがだんきんきょう)

②第三回共同展に向けて
 今回の「境界に生きた人々~遺物からみた北東北のあゆみ」では、古代から中世に至る北東北の歴史と文化を取り上げた。県の枠を越え、考古学と歴史学の垣根を越えて、70余の遺跡の出土遺物や絵画・文書・道具類など、約千点を出品する。極楽寺の銅龍頭(りゅうず)(国重文、岩手県)、秋田城跡出土の和同開珎(わどうかいほう)銀銭(秋田県)、朝日山遺跡の伯牙(はくが)弾琴鏡(青森県、写真)など、見どころはたくさんある。秋田・岩手での展示も好評で、これだけの質と量を備えた展示会を北東北で開催することは、今後、なかなかできないだろう。
 さまざまな文化の境界に位置する北東北のアイデンティティを確認し、豊かな将来像を考える機会となれば幸いである。
(青森県立郷土館 副参事 相馬信吉)
◇       ◇
「境界に生きた人々」は9月17日(金)~10月24日(日)。9月25日(土)は記念講座。詳しくは県立郷土館017―777―1585へ
[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-21 19:52 | 企画展・特別展 | Comments(0)

写真で見るあおもりあのとき 第7回「青森の桜川団地で大規模な団地造成」

b0111910_8261333.jpg
↑団地造成工事が進む青森市の桜川地区(會田秀明氏撮影、下の写真も同じ)
b0111910_8263750.jpg
↑洪水に襲われた桜川地区の様子

 青森市東部を流れる荒川と駒込川に挟まれた桜川地区は、永らく一面の田園地帯でした。昭和37年(1962)に市中心部に近いことから、大規模な団地造成が始まりました。上の写真はその頃に、今の桜大通りから北側(青森テレビ方向)を撮影したものと思われます。ダンプカーが動きまわり、工事が急ピッチで行われています。昭和41年には分譲が始まり、翌年には団地町会も発足します。

 そして、昭和44年(1969)8月、大洪水に襲われます。下の写真はその時の様子を七丁目の大通りから南側を撮影したものです。道を歩く男の人の膝あたりまで水が上がっています。左側に見える白壁が會田家です。団地の南北で、土地の高低差がかなりあり、この付近では、土台を高くしている家は、かろうじて、床上浸水を免れました。この時の教訓はその後の家屋建設に活かされ、今も土台の異常に高い家として散見できます。(青森県立郷土館 相馬信吉)



※県立郷土館は、県内の行事や街並み、農民の暮らしぶりなどを撮影した古写真を、広く県民の提供を受けるなどして収集しています。当館がこれまで集めた写真の一部を紹介しながら「ちょっと昔のあおもり」の記憶を52回にわたってたどってみます。(この項は、東奥日報社連載記事を転載したものです。)
 昔の写真などをお持ちの方は、青森県立郷土館(電話017-777-1585)までご連絡ください。

【関連写真】
b0111910_8521018.jpg
↑造成中の桜川中央公園
b0111910_8522386.jpg
↑昭和44年、洪水の様子
b0111910_8573049.jpg
↑現在の桜大通り


【関連サイト】
「青森市桜川界隈散策」
「青森市桜川物語」
[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-16 08:28 | 写真で見るあおもりあのとき | Comments(0)

写真で見るあおもりあのとき 第6回「青森市新町通り 昭和33年のパレード」

b0111910_20265117.jpg
↑昭和33年9月7日、青森市新町通りで(安田城幸氏撮影)
b0111910_94205.jpg
↑上の写真の現在の様子(8月18日、筆者撮影)
 写真上は、昭和33(1958)年9月7日、日専連青森会による「せんもん祭全国民芸大パレード」の様子。場所は青森市新町通り。背景の建物は、左奥から青森東映ビル、岡田書店、千葉洋服店、青森県自治会館、白戸写真館です。通りには、「東京地連・宇宙からのお客様」というプラカードを先頭に、なんと宇宙人が行進しています。他の写真には、竿灯や鬼剣舞、大太鼓が写っています。

 『日専連青森会50年誌』によると、前夜祭は7万人が市営球場に参加。このパレードには、「東北各地から36個の出し物が参加し、青森市始まって以来の人出40万人余を数え地連大会としては最大の規模と称された」と記されています。

 写真下は、同地点の現在の様子です。自治会館跡地はパサージュ広場になり、様子は一変していることが分かります。今回の情報は、商工会議所・鈴木匡氏、日専連・須藤憲司氏に提供してもらいました。
※民芸=民俗芸能か
(県立郷土館 安田 道)


※県立郷土館は、県内の行事や街並み、農民の暮らしぶりなどを撮影した古写真を、広く県民の提供を受けるなどして収集しています。当館がこれまで集めた写真の一部を紹介しながら「ちょっと昔のあおもり」の記憶を52回にわたってたどってみます。(この項は、東奥日報社連載記事を転載したものです。)
 昔の写真などをお持ちの方は、青森県立郷土館(電話017-777-1585)までご連絡ください。

【関連写真】いずれも、安田城幸氏撮影
b0111910_2029990.jpg

b0111910_1718425.jpg

b0111910_1718206.jpg

b0111910_17183496.jpg

[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-09 09:51 | 写真で見るあおもりあのとき | Comments(0)

写真で見るあおもりあのとき 第5回「鳥追い」

b0111910_983183.jpg
↑1965年頃:南津軽郡藤崎町付近(写真撮影・故佐々木直亮氏
b0111910_985178.jpg
↑今純三「田園のヤグラ」(1937年)

 重たく頭をたれた稲の穂、たんぼに建てたヤグラに女性が座っています。これは、たんぼに張り渡した鳴子(スズメおどし)の番をする「鳥追い」の情景を撮影したものです。写真ではよく分かりませんが、これと同じ情景をエッチング(銅版画)で描いた今純三の作品「田園のヤグラ」(1937年)には、鳴子をならす縄がはっきりと描かれています。

 稲穂の米粒が堅くなる前に、スズメがクチバシで米の汁をすするに来ます。丹精込めた稲を荒らすスズメは農民にとって迷惑な存在です。害虫や雑草には農薬や除草剤といった対抗策がありますが、スズメだけは鳴り物やカカシ、光り物などで防ぐしか有効な手立てがありません。ただ、スズメは田圃の虫を大量に補食する、といった側面もあり、功罪相半ばするともいえます。鳥追いは炎天下の退屈な仕事ですが、反面、きつい労働から解放され自由な時間を持てることにもなりました。
(青森県立郷土館:昆 政明)



※県立郷土館は、県内の行事や街並み、農民の暮らしぶりなどを撮影した古写真を、広く県民の提供を受けるなどして収集しています。当館がこれまで集めた写真の一部を紹介しながら「ちょっと昔のあおもり」の記憶を52回にわたってたどってみます。(この項は、東奥日報社連載記事を転載したものです。)
 昔の写真などをお持ちの方は、青森県立郷土館(電話017-777-1585)までご連絡ください。

【関連サイト】
佐々木直亮のホ−ムペ−ジ
佐々木直亮写真集「人々と生活と」
[PR]
by aomori-kyodokan | 2010-09-02 09:14 | 写真で見るあおもりあのとき | Comments(0)