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青森県立郷土館ニュース

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カテゴリ:土曜セミナー( 9 )

土曜セミナー配布資料ー児玉大成「小牧野遺跡の世界遺産登録と国内外の環状列石」

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by aomori-kyodokan | 2012-03-03 14:50 | 土曜セミナー | Comments(0)

土曜セミナー配付資料ー島口 天「東岳とその周辺の鉱山史」

2012年1月28日

1 東岳はどんな山?
 東 岳(あずまだけ)
・ 位 置:青森市東部
・ 標 高:684m
  ・ 山 容:特に高い山頂がない屏風のような形。砕石跡が目立つ。
       青森県の民話(簡単に)
 昔、東岳と八甲田山はとても仲が悪く、いつもけんかばかりしていました。ある日、とうとう怒った八甲田山は、刀で東岳の首を切ってしまったそうです。切られた首は空を岩木山まで飛んでいき、岩木山の肩のところにのったそうです。それ以来、東岳の山頂部分は平らで、岩木山の肩にはコブがついています。
・ 地 質:非常に固い中生代の地層が帯状に分布しており、これが山容の成因となっている。
・ 利 用:青森市観光課が整備した自然歩道があり、ハイキング気分で登山が楽しめる。途中には石灰岩の鉱山跡があり、青森市が一望できる展望所がある。

2 東岳の鉱山史
 東岳には、中生代の石灰岩を採石する鉱山があったほか、石灰岩と熱水が大規模に反応して生成された銅・鉄鉱石を採石する鉱山が複数存在した。石灰岩と反応した熱水は、地下のマグマが冷え固まって花崗閃緑斑岩・花崗閃緑岩となる際に、マグマから分離した熱水やマグマによって熱せられた地下水と考えられる。
 ◎ 同和鉱業野内採石所(石灰岩)
  大正3年 秋田県の小坂鉱山に石灰石を送鉱する目的で開発された。
  大正5年 野内駅まで4,784mの索道が架設された。
  昭和34年 休山。
  ※ 同和鉱業㈱は、昭和20年に㈱藤田組が商号変更した会社で、平成18年にDOWAホールディングス㈱に社名変更して現在に至る。
  ※ 東岳自然歩道沿いにはディーゼルエンジンや軌道(線路)跡、火薬庫跡などの産業遺構が残されている。また、旧野内駅にも選鉱場跡が残っている。
 ◎ 東岳鉱山(銅・鉄鉱石)
  昭和13年 大日本鉱業㈱が初めて試採。
  昭和18年 本格的に探鉱を開始。
  昭和27年 滝沢の工藤等が小規模に採掘を始め、2年間に銅鉱石を8t 採掘し、大日本鉱業椿精錬所(秋田県)に送鉱。
  昭和29年 鉄鉱石を採掘し、2年間に約400t を富士製鉄室蘭製鉄所に送鉱。
  昭和30年 休山。
  ※ 大日本鉱業㈱は、㈱藤田組を退社した小坂鉱山所長の武田恭作によって創設された武田鉱業本店が前身。
  ※ 富士製鉄㈱は、昭和25年の財閥解体で日本製鉄が4社に解体されたうちの1社。昭和45年に八幡製鉄と合併して新日本製鉄になった。
 ◎ 東栄鉱山(銅・鉄鉱石)
  明治36年に北海道製鉄㈱が鉱業権を設定し、大正6年に同社が東嶽鉄山として採石を始め、上ノ沢鉱床と大滝鉱床の一部から、大正8年までに約3万tの鉄鉱石を出鉱したが、その後休山した。
  大正15年に高谷由吉が上記鉱区とその周辺部を統合して試掘権を得、番屋鉱床付近の探鉱を実施。
  昭和11年 鉱業権が関規方に移り、東栄鉱山として開発が進められ、昭和20年まで銅鉱石を約6千tを出鉱した。昭和12~13年に青森石灰工業㈱が石灰石を1千t採石したほか、関も同15~16年に1万2千tの石灰石を採石した。
  昭和20年 休山。
  その後も探鉱は小規模に続けられ、昭和25年に大滝鉱床で鉄鉱体を確認し、東栄鉱山㈱が設立されたが本格的な操業に至らず、同26年に東奥鉱業㈱に譲渡されて月光鉱山と改名し、鉄鉱石を採探鉱した。同鉱山は同30年に休山したが、同31年には日鉄鉱業㈱が共同権者として加入して探鉱を続けた。

3 東岳周辺の鉱山関連事項
 ◆ 東岳南東麓には上北鉱山から野内港へ延びる索道が通っていた。
 ◆ 東岳南東麓の滝沢には高森鉱山の選鉱場があり、高森鉱山からそこまでは索道が、そこから浪打駅までは軌道が延びていた。
   ※ 上北鉱山も高森鉱山も上北郡旧天間林村の大坪川上流域にあった。
 ◎ 高森鉱山
  昭和10年から高森鉱山㈱が経営。
  青森市からの送電設備、浪打駅を起点とする鉱石搬出用軌道及び索道の建設、更に青森駅構内における鉱石搬出用軌道の計画、従業員の住宅・病院・小学校等の充実をはかる。
  浪打駅で貨物の取り扱いが始まったのが昭和15年であることから、それまでに索道・選鉱場・軌道が完成したと思われる。ただし、昭和18年夏には軌道が使われていない。
 ◎ 上北鉱山
  昭和11年に日本鉱業㈱が三井栄一から経営委託という形で本格的に操業を開始し、昭和15年に日本鉱業㈱の単独経営となった。
  昭和16年に高品位銅鉱床が発見され、当時の銅鉱の生産量は日本一といわれた。
  上北鉱山の索道は、野内港までの長さ約19kmが昭和13年に完成した。野内駅に向かう分索は昭和15年に建設された。
  ※ 高森鉱山は、上北鉱山に吸収合併された可能性がある。

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文 献
島口 天(2011)青森市東岳における鉱山史.青森県立郷土館研究紀要,35,p.9‐14.
※ 当館ホームページからダウンロードできるほか、図書館でコピーサービスを受けられる。
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by aomori-kyodokan | 2012-01-31 10:35 | 土曜セミナー | Comments(0)

岩井康賴「東北と舞踏」 ―1960年代の創造と破壊から ―

 平成24年1月14日に実施の岩井康賴(弘前大学教授)氏による青森県立土曜セミナー「東北と舞踏」 ―1960年代の創造と破壊から ― 前衛舞踏(BUTOH) 「土方巽」と「大野一雄」の配付資料を講師の方の承諾を得られましたので、事前公開(ブログ文字制限上、一部分のみ)します。興味のある方は、当日、午後1時30分から午後3時まで、当館小ホールにおいでください。

「東北と舞踏」―1960年代の創造と破壊から ―            

前衛舞踏(BUTOH)
「土方巽」と「大野一雄」

今の時代を肯定するにしても、否定するにしても1960年代の影響は計り知れない。明治維新以降、近代化の歴史の中で60年代は避けることの出来ない通過儀礼であった。戦後の高度経済成長期のかげで、日本の原風景が根こそぎ削られ、失われていった時代であった。人々は、「便利で幸せな生活」に憧れ、夢見、一生懸命働き、そして生きた時代、家族制度(核家族)の崩壊、村落共同体の崩壊等の中にあって、いいこともいっぱいあったと同時に、いろんなことを失ってしまった時代でもあった。

1.経済大国行きの特急列車が発車するぞ!
  戦後経済の最大の転換期!
  地方の若者は労働力として都会へ出稼ぎ - 集団就職列車 
地方から都市へ若者が流失し農村の過疎化
離農・減反で日本農業の転換期! 
  村落共同体の解体 → 故郷喪失   (長屋的共同体の解体)
  大家族から核家族へ   (家族の崩壊)  
  大量生産・大量消費で自然破壊・公害列島

2.「もの」と「精神」のはざまでゆれた時代 
日本人全体に「こころ」と「もの」のバランスがとれていた最後の時代

3.高度経済成長期―「ひと」から「もの」へ - 倒壊する予感

4.ものの見方、考え方を根本から変革しようとした。
60年代は「建設」とみえて,実は「解体への助走」の時代

5.根こそぎ捨てた不便な生活―近代化の罪?(現代は近代化のマイナスを引き受けた?)
  「都市のかっこよさ」「日常の快適性」を求め
故郷フルサトを捨ててきた50年 → 失われた原風景

6.それまでのドロドロしたものを常に捨てていく時代
7.時代の矛盾・歪み・怒りの原点の時代―展望のみえない学生運動など

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by aomori-kyodokan | 2012-01-13 15:50 | 土曜セミナー | Comments(0)

土曜セミナー配布資料「本県が生んだ無名の偉人・ 佐々木多門とその周辺の人々」

平成23年10月22日(土)
ゲストキュレーター:佐々木慶紀

b0111910_15392396.jpg●主な経歴
青森県東津軽郡平内町出身
慶応 2年(1866年)生
昭和12年(1937年)没

帝国大学法科大学政治学科撰科、同志社普通学校教授、第二高等学校教授、日本銀行調査局、学士会客員、高橋是清(総理大臣、大蔵大臣、日銀総裁)顧問、床次竹二郎(内務大臣、逓信大臣、鉄道院総裁)顧問、The Times東京通信員

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by aomori-kyodokan | 2011-10-22 15:40 | 土曜セミナー | Comments(0)

土曜セミナー「佐藤重紀ー上北考古学の先駆者」資料

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by aomori-kyodokan | 2011-07-09 16:23 | 土曜セミナー | Comments(0)

11月13日 開催土曜セミナー「消えた東北本線」 配布資料

 平成22年11月13日、当館小ホールに於いて、標記のセミナーが客員学芸員 中園裕氏によって行われましたが、その配布資料を下記に公開しますので、ご活用ください。

 また、毎日新聞青森版でも紹介されました。更に、生中継までご紹介いただきました。
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青森県立郷土館土曜セミナー   2010年11月13日(土) 県立郷土館にて
消 え る 東 北 本 線~沿線の歴史と魅力をさぐる!~
                  青森県環境生活部県民生活文化課
                    県史編さんグループ 主幹 中園 裕

はじめに

 ①東北本線…1891(明治24)年に青森・上野間全通。近代日本の発展に寄与。
→2010(平成22)年12月4日、青森県内の東北本線が消滅する。
 ★東北本線が青い森鉄道に=幹線から地方線へ大転換。
 ②東北新幹線の到来より、青い森鉄道開業の歴史的意義を重視。
→青森県民は私企業の新幹線より県民が負担する青い森鉄道を考える必要あり。
★青森県内には地方線が多い。青い森鉄道の問題は他の鉄道にも関係あり。
 ③県民が利用しなければ公共交通(鉄道・バス・タクシー・飛行機)は廃業。
→自動車社会とはいえ、公共交通は絶対に必要(子供や老人のためにも)。
 ★県民が“意識的に”利用する必要あり。皆が利用すれば営業も成り立つ。
 ④公共交通の利用は地域援助である。人助けだと思って利用されたい。
→青い森鉄道沿線の歴史や文化を知り、地元に愛着を持てれば利用できる?
★子供たちにも大人が地元を歩かせ鉄道やバスに乗せる工夫を。
 本発表で、自動車では見えない地元の歴史や魅力を知って欲しい。

1.青森県の近現代を支えた東北本線
 ①当初はいやがられた鉄道…八戸駅の帰趨。
→明治24年開業当時は尻内駅。昭和46年に八戸駅と改称。
 東北本線を八戸町のどこに通すかで日本鉄道と陸軍省が対立。尻内駅誕生。
★東北本線や新幹線は街並み発展に寄与。今も八戸と本八戸の距離が問題。
 ②鉄道が駅と繁華街を形成…「県南の要衝」剣吉駅と「東北の熱海」浅虫駅。
→明治30年開業。駅開設以降、駅前通りが形成され商店街も成立。
★剣吉駅は県南要衝の地で道路舗装も早かった(昭和10年)。
→明治24年開業。当時の浅虫は静かな湯治場だったが鉄道開通で有名に。
★昭和61年に浅虫温泉駅と改称。東北本線沿線で数少ない海の景勝地。
 ③地域を支えた鉄道…浦野館村の中心たる沼崎駅と七戸の関係。
→明治24年開業。七戸との間を荷馬車が往復し七戸地域周辺の玄関口に。
★七戸十和田駅の開業で七戸~上北町(乙供)~小川原湖の流通体系に期待。
 ④貨物輸送が重視されていた国鉄…軍需物資を集積し輸送した野内駅。
→明治26年開業。石油備蓄タンク併設、上北鉱山の鉱石を集積輸送。
国鉄はもともと国や軍のために敷設された鉄道。物資輸送が重視。
★青い森鉄道時代には駅を移転し青森工業高校生を中心に民事利用に転換。
 ⑤鉄道と青森県のりんご輸送…南部りんご最大の輸送駅だった三戸駅。
→明治24年開業。三戸周辺の中心駅。昭和59年に貨物輸送を中止。
 国鉄経営合理化やトラック輸送で貨物業務は昭和30年代以降廃止が相次ぐ。
 ★貨物輸送が駅周辺の経済基盤を維持。農林水産業県の青森県は特に顕著。
  青い森鉄道時代の駅は三戸駅ですら売店を撤去。観光対策上も問題。
 ⑥観光と鉄道…白樺の駅=古間木駅(昭和36年に三沢駅と改称)。
→明治27年に開業。昭和9年に白樺の丸太を使った駅舎に改築。
 現在も「白樺の駅」の一部は三沢駅旅行センターとして活用。
★十和田湖の国立公園運動に因み古間木駅も観光路線を意識。
 ⑦東北本線の複線電化…消えた浦町駅と浪打駅。
→高度経済成長に伴う好景気を背景にレジャーブームが生まれる。
 昭和33年に東北地方初の特急「はつかり」が登場、35年にディーゼル特急へ。
 東北本線の輸送力増加に応えるため複線電化を実現。
 ★東北本線は高度経済成長期の青森県を支えた大輸送路に(=流通革命)。
→浦町駅は明治26年開業(旧線路通りが当時の鉄道跡)。
 大正15年に操車場ができ、浦町駅自体もやや南方へ移転。
 昭和43年の複線電化により浦町駅は廃止され平和公園に。
→浪打駅は大正13年開業。浦町・浪打両駅の代わりに東青森駅が開業。
★青森市内の東北本線複線電化は青森市街地の発展と大きな関係がある。
 鉄道は街の拡大発展に貢献し、同時に支障を来す存在でもあった。
 ⑧青森駅の歴史は県都青森の歴史…明治24年開業。
→初代…安方通りに出入口(安方駅)。後に駅前へ船入場を建設。
 2代…明治39年改築。新町通りに出入口。築港後は桟橋と可動橋を併設。
 3代…昭和10年開業。戦災を免れた木造駅舎。連絡船は空襲で壊滅。
 4代…現駅舎。昭和34年新築でコンクリート製。

2.青森県内から消える東北本線(青い森鉄道の開業)
 ①交通網の高速化と自家用車の普及…鉄道の役割に大きな変化が生じた背景。
→航空機や高速道路網の発展が鉄道に打撃。最近では高速道路無料化も。
 ★近距離輸送は自動車が担い、貨物輸送はトラック輸送が主役。
 貨物輸送の赤字と合理化政策で国鉄の貨物が廃止。国鉄の経営に支障。
 ②国鉄の民営化…国家発展ための鉄道から企業が採算を重視する鉄道へ。
→国鉄の合理化政策と民営化(JR)で地域と鉄道の関係が大きく変容。
 国益より企業利益を重視。採算がとれない路線は廃止。国民生活は二の次。
★鉄道が近代国家の発展を支え、地域経済に活力を与えた時代は終わった。
 ③東北新幹線の新青森開業…JRは採算のとれない東北本線を放棄?
→JR東日本は首都圏と東北・北海道を結ぶ高速交通機関の役割を担う。
★地域間輸送の役割は自動車が担い、鉄道は遠距離輸送に集約する時代。
 青森県の近代化を支えた東北本線を、今度は青森県が支えることに。
 青い森鉄道の開業は地域が鉄道を支える時代に入ったことを意味しよう。

3.青い森鉄道沿線の歴史と魅力
①八戸…旧尻内駅、臨海工業地帯は近代化遺産、五戸・種差方面への玄関口。
②北高岩…馬淵川と名久井岳と新幹線の高架橋が織りなす眺望の地。
③苫米地…名久井岳と馬淵川の眺望の地、旧福地村の記憶、バーデパーク。
④剣吉…剣吉館、古来から交通の要衝、達者村や法光寺への玄関口。
⑤諏訪ノ平…名久井岳の麓、菊の里、果物王国、諏訪神社。南部蕎麦。
⑥三戸…城下町風情、城山公園、佐瀧本店、川の駅、きんか餅、南部せんべい。
⑦目時…青岩橋の眺望、蓑ヶ坂、秘境の様相を見せる馬淵川、岩手県境。
⑧金田一温泉…座敷童、古い街並み、のどかな温泉、馬淵川の絶景。
⑨陸奥市川…進駐軍と深い関係、数少ない占領時代の遺構、東北の白像。
⑩下田…下田館、江戸時代の知行地、いちょう公園、奥入瀬川、桃川酒造。
⑪向山…氣比神社、絵馬市と蒼前信仰、牧場地帯、カワヨグリーン牧場。
⑫三沢…米軍基地、アメリカ文化、古牧温泉、海岸と草原、ミスビードル号。
⑬小川原…小川原湖、姉沼、ワカサギ漁。
⑭上北町…七戸十和田駅との流通、小川原湖、小川原湖温泉郷、ワカサギ料理。
⑮乙供…上北鉱山への出入口、乙供森林鉄道、東北温泉、東龍館(低温温泉)。
⑯千曳…南部縦貫鉄道跡地、何も施設がない駅の良さを満喫。
⑰野辺地…愛宕公園、駅弁(とりめし)、地豆腐と地納豆、馬門温泉。
⑱狩場沢…藩境塚、海岸よりで眺めのよい駅(海が少ない青い森鉄道)。
⑲清水川…海岸沿いの駅、海産物の集積地、ナマコとホタテ。
⑳小湊…浅所松島、夜越山、汐立川、白鳥飛来地、可動橋のあった港。
21西平内…夏泊半島、療養の地(国立療養所)、浅虫温泉との縁。
22浅虫温泉…海の温泉、浅虫八景。久慈良餅と地豆腐。
23野内…石油タンク、上北鉱山の索道、新野内駅への移転あり。
24矢田前…東北線複線電化と跡地の歴史、合浦公園。
25小柳…青森市街地発展の証拠、歴史的な団地群、浪打駅と浦町駅の存在。
26東青森…東北線複線電化、第5連隊や青森操車場の歴史。
27青森…闇市とりんご市場が原点、流通都市の象徴、青函連絡船。
28新青森…新幹線、秋田県北や「半島」の玄関口。

おわりに 青い森鉄道を守るのは県民 ~鉄道やバスに乗ることは人助けである~
 ①青い森鉄道は県民が支える県民のための鉄道。
→子供と老人には特に必要な交通手段。単に赤字だから廃止ではだめ。
 青森県の観光地化が叫ばれている中、鉄道の果たす役割は大きい。
★観光客に利用されるよう青い森鉄道会社の経営工夫は不可欠だが…。
 地域の交通網を残すため県民皆が乗って経営を支えることが第一。
 ②自動車社会で県民が鉄道やバスを使うための工夫は? 
→自動車は便利だが、地域の鉄道やバスは子供や高齢者に必要不可欠。
 ★自分もいずれ老人になることを考え、今から少しでも協力して欲しい。
 ③決められた時間枠で活動する生活も必要。
→本数の少ない鉄道やバスでは生活困難。自由が利く自動車が便利なのは事実。
 決められた時刻表の範囲内で動ける場合は鉄道やバスを使ってほしい。
 ★自由が案外無駄な時間を作っている。制限が規律正しい生活を可能に。
低価格と効率だけでは人間生活が貧相になる。有意義な時間の使い方を。
 ④生活手段では無理でも、休日や旅行での利用を心がけて欲しい。
→鉄道は車窓を楽しめる。旅行気分になることも可能。酒を飲んでも大丈夫。
 地球温暖化を防ぐために鉄道やバスを利用。地球の維持に貢献して欲しい。
 本日の発表で紹介した沿線の歴史や魅力を知るために鉄道を利用されたい。
 ★鉄道やバスに乗ることは、人助けであり、地域助けである!!!

【関連サイト】
「新幹線時代への道標」

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by aomori-kyodokan | 2010-11-14 09:22 | 土曜セミナー | Comments(0)

10月16日 開催土曜セミナー「青森県のきのこと食中毒について」 配布資料

 平成22年10月16日、当館小ホールに於いて、標記のセミナーが当館職員工藤伸一(青森県きのこ会会長)によって行われましたが、その配布資料を下記に公開しますので、ご活用ください。

 なお、当日の講演の内容はユーストリームで録画を御覧いただけます。前半後半


1 きのことは

(1)きのこの実体について
ア きのこの本体
・ きのこは菌類の生殖器官 = 子実体
・ きのこ(子実体)は植物の花に相当
イ きのことカビ
・ きのことカビは同じ菌類の仲間
・ 肉眼で識別できる大きさの子実体をつくるものが「きのこ」

(2)自然界におけるきのこの役割
ア 有機物の分解
・ 動物や植物の遺がいを分解する ⇒ 森の掃除屋
イ 植物(樹木)の成長促進
・ 植物(樹木)と共生関係

(3)きのこの生態について
ア きのこの栄養の取り方
・ 腐生 = 生物の遺がいである有機物を分解して利用するきのこ
   ハナオチバタケ、ムラサキシメジ、シイタケ、マスタケ、マイタケなど
・ 寄生 = 生きた動植物に寄生して殺し、栄養分を摂取するきのこ
   オニナラタケ、ヤグラタケ、サナギタケなど
・ 共生 = ほかの生物とお互いに栄養のやりとりをするきのこ
   マツタケ、ホンシメジ、ベニテングタケなど
イ きのこの注意すべき性質
   ・ 重金属類の蓄積:カドミウムなど
   ・ 放射性物質の蓄積:セシウム137

(4)国内のきのこの種について
ア きのこをつくるグループ
 ・ 子嚢菌類と担子菌類
イ 名前が付けられている種
・ きのこ全体 = 2,500程度
・ 食用可能とされている種 = 200種程度
・ 有毒種 = 60種~240種以上
イ 国内に発生する推定種
・ 6,000~8,000種以上

2 青森県のきのこ状況

(1)本県におけるきのこ食文化
ア 東日本と西日本の違い
・ 秋の風物詩 - きのこ狩り
・ 全国のきのこ中毒件数のベスト10

(2)県内に発生するきのこの種
ア 名前が付けられている種
・ きのこ全体 = 700種程度
・ 食用に利用されている種 = 180種程度
・ 有毒種 = 40種~200種以上
イ 県内に発生する推定種
・ 4,000~6,000種以上

(3)県内で利用されている主な種
ア 市場に出回っている主なきのこ ⇒ 20種以上
・ ナラタケ(広義)、ムキタケ、ハタケシメジ、ホンシメジ、シモコシ、シモフリ
シメジ、シイタケ、ムラサキシメジ、クリタケ、ナメコ、アミタケ、ハナイグチ、
アイタケ、カワリハツ、ハツタケ、ホウキタケ、マイタケなど
イ その他個人で利用されている主なきのこ
・ ウスヒラタケ、ヒラタケ、サクラシメジ、タモギタケ、ブナシメジ、マツタ
ケ、バカマツタケ、タマゴタケ、カラカサタケ、コガネタケ、ササクレヒトヨ
タケ、ヌメリスギタケモドキ、ニセアブラシメジ、チャナメツムタケ、ヤマド
リタケモドキ、アンズタケ、ヤマブシタケ、ブナハリタケ、コウタケ、トンビ
マイタケ、キクラゲ、アミガサタケなど

(4)青森県で見られる主な毒きのこ
ア 二大中毒きのこ
 ・ クサウラベニタケ類とツキヨタケ
イ 致死性毒きのこ
 ・ ドクツルタケ、タマゴタケモドキ、フクロツルタケ、タマシロオニタケ、ドク
アジロガサ(コレラタケ)、シャグマアミガサタケ、カエンタケなど
ウ その他の毒きのこ
・ カキシメジ、ホテイシメジ、ベニテングタケ、イボテングタケ、ドクカラカサタケ、ヒトヨタケ、カオリツムタケ、ニガクリタケ、オオワライタケ、アセタケ類、ヒダハタケ、黄・赤系統のホウキタケなど

3 毒きのこについて

(1)毒きのこによる食中毒の症例
ア 腎・肝細胞壊死型
  ・ 人体の細胞を破壊し、肝臓、腎臓に障害を与え、死をもたらす種
     毒成分等 : アマニタトキシン類1)、モノメチルヒドラジン2)など
発症時間 : 1)8~15時間、2)4~6時間
主な種類 : ドクツルタケ、タマゴタケモドキ、シャグマアミガサタケなど
・ 赤血球を破壊し脂質の分解を阻害し、肝臓、腎臓に障害を及ぼす種
毒成分等 : 不明
発症時間 : 1~2時間
主な種類 : ヒダハタケ(特に生食時)
・ 下痢、頭痛、痺れ、腎・肝不全、脳障害等の全身障害で死をもたらす種
     毒成分等 : トリコテセン類
発症時間 : 30分
主な種類 : カエンタケ
イ 消化器系障害型
・ 胃腸を刺激し、嘔吐、下痢、腹痛を引き起こす種
     毒成分等 : イルジン類、ウスタル酸など
発症時間 : 30分~4時間
主な種類 : ツキヨタケ、カキシメジ、クサウラベニタケなど
ウ 神経性障害型
・ 自律神経に作用し、めまい、嘔吐、発汗、下痢等を引き起こす種
     毒成分等 : ムスカリン1)、コプリン2)
発症時間 : 1)30分~4時間、2)10~30分
主な種類 : アセタケ類、ヒトヨタケ、ホテイシメジなど
・ 中枢神経に作用し、手足のしびれ、幻覚、視聴覚障害、嘔吐等を引き起こす種
     毒成分等 : イボテン酸、シロシビン類、ジムノビリン類など
発症時間 : 30分~4時間
主な種類 : イボテングタケ、ヒカゲシビレタケ、オオワライタケなど
・ 手足の末端のはれ、壊死、末梢神経障害による激痛を引き起こす種
     毒成分等 : クリチジンなど
発症時間 : 6時間~1週間
主な種類 : ドクササコ

※ 1998年山と渓谷社発行「日本のきのこ」および2003年学習研究社発行「日本の毒きのこ」参考
(2)注意するべききのこ
ア スギヒラタケ
 ・ 急性脳症との因果関係についてのその後
 ・ シアン含有説

イ シモコシ
 ・ ヨーロッパで中毒による死亡例があるというが
 ・ 日本のシモコシは?

ウ カヤタケ属のきのこ
 ・ 最近中毒例が増えてきた種類
 ・ ナラタケとの混同
  
オ シャグマアミガサタケ
 ・ ヨーロッパでは食用とされているが
 ・ 缶詰の流通に注意
  
カ ニセクロハツ
 ・ 西日本で知られている致死性毒きのこ
 ・ クロハツには手を出すな
  
キ フウセンタケの一種Cortinarius orellanus
 ・ 中毒症状が現れるまで3日~3週間
 ・ 日本のフウセンタケ類は不明なものが多い

4 きのこ利用の際の注意

(1)食用と毒きのこの見分け方の注意
ア 古くからの誤った言い伝えに注意
イ きのこの食毒は簡単に分かるか
ウ 食毒を見分けるには種の特定が必要
エ 自分なりの見分け方を身につける

(2)毒きのこと類似種との見分け方
ア 二大毒きのこの見分け方
 ・ クサウラベニタケ類の特徴
ホンシメジ、ハタケシメジとの違い
 ・ ツキヨタケの特徴
ヒラタケ、ムキタケとの違い
イ テングタケ類の特徴 ~致死性毒きのこの多いグループ~
 ・ 傘のいぼ、柄の根元のつぼの状態
ウ その他の間違えやすい毒きのこ
・ イボテングタケとハタケシメジ
    傘のいぼの有無と柄の基部のつぼの有無
 ・ ドクツルタケとハラタケ
    ひだの色と柄の基部のつぼの有無
・ ニガクリタケとクリタケモドキ
    発生時期とひだの色
・ カオリツムタケとクリタケ
    子実体の変色性と匂い
・ オオワライタケとコガネタケ
      子実体表面の粉の有無

(2)きのこ利用の際の家庭における注意
ア 昔からの誤った言い伝えに注意
イ 調理方法の注意
 ・ 生焼け・生煮え注意
ウ 保存方法の注意
 ・ 古いものは食べない
  エ 貰いものは要注意
   ・ 最近中毒事故が多く見られる事例

5 食中毒防止のために

(1)公的機関の役割
ア 博物館 = きのこの生物学上の基礎知識の啓蒙
・ きのこの展示・鑑定会等の実施
イ 保健所 = きのこによる食中毒防止の啓蒙
・ 長野県の例 - きのこ衛生指導員制度
ウ きのこ販売市場 = 毒きのこ販売の防止
・ 販売可能種の限定
・ 限定の問題点

(2)民間団体の活用
ア 各地のきのこ同好会
   ・ きのこ同好会等開催の鑑定会と問題点
イ 青森県きのこ会の場合
・ きのこ鑑定員制度
 野生のきのこを用いた検定 → 食用種など100種、有毒種20種の判別

(3)中毒原因きのこの特定
ア 原因きのこの特定の必要性
 ・ 今後の中毒防止のために
イ 原因きのこの特定のためには
・ 調理きのこの保存

(4)中毒防止の課題
ア 有毒きのこの実態が不明
   ・ 種名の確定より食べることが先行
イ きのこ分類学の遅れ
   ・ キシメジ科の小型のきのこ - 食用の対象とされないものが多い
・ フウセンタケ科 - 販売される例は少ないが致死性の毒きのこもある
   ・ イッポンシメジ科 - ほとんどが有毒種なので注意
・ ベニタケ科 - 誤って販売される例が多く、致死性の毒きのこもある

(5)きのこをもっと勉強したい方のために
ア きのこの勉強方法
イ 図鑑の選び方
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by aomori-kyodokan | 2010-10-16 17:08 | 土曜セミナー | Comments(0)

10月9日 開催土曜セミナー「津軽の郷土芸能を語る」 資料

10月9日に行われた青森県立郷土館土曜セミナー 「津軽の郷土芸能を語る」 (講師:大條和雄氏)の会場で配布された資料を公開します。直接的には演目内容とつながりませんが、参考にしてください。

なお、当日の講演内容はこちらで録画をご覧いただけます
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by aomori-kyodokan | 2010-10-10 11:01 | 土曜セミナー | Comments(0)

10月2日 土曜セミナー「本県が生んだ無名の偉人・佐々木多門の生涯」関係資料

 10月2日に行われた、佐々木慶紀氏による 土曜セミナー「本県が生んだ無名の偉人・佐々木多門の生涯~日本人として誇るべきその業績~」 で配布された資料を以下に公開します。
b0111910_15304842.jpg
↑画面をクリックしますと、拡大します。
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by aomori-kyodokan | 2010-10-05 15:13 | 土曜セミナー | Comments(0)