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写真で見るあおもりあのとき 第58回「旭町の「開かずの踏切」地下道完成し渋滞解消」

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↑「開かずの踏切」と呼ばれた青森市の旭町踏切南側。踏切の前後に車の列ができている。=昭和40年代後半、加藤武夫氏撮影



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↑現在の旭町地下道南側入口の様子

 写真上は、昭和40年代後半の青森市旭町踏切です。ここを通る旭町通りは、荒川・高田方面につながり、青森中央大橋開通以前は今以上に重要な道路でした。

 しかし、その途中にある旭町踏切は「開かずの踏切」として長い間青森市民の悩みの種でした。 この踏切の東には青森操車場と機関区など、北西には青森駅、青森桟橋がありました。そのため、青森駅発着の列車だけではなく、これらの施設の間を行き来する数多くの鉄道車両がここを通過しました。当然、踏切が閉まる時間も長くなりました。

 昭和43(1968)年の東北本線全線複線電化の際、一本の線路が高架になりましたが、他の多くの線路が地上に残され、踏切も残りました。さらに、高架線建設に差し支えがあるため、かつてはここにあった歩行者用の跨(こ)線橋も撤去されました。

 この踏切に代わる旭町地下道は、附近の町内会が発行した『常盤町発展史』によると、昭和53(1978)年7月に車道が完成、同年11月に歩道が完成したそうです。これにより、「開かずの踏切」の問題は解消されました。
(青森県立郷土館 佐藤良宣)

※青森県立郷土館では、県内の行事や街並み、農民の暮らしぶりなどを撮影した古写真を、広く県民の提供を受けるなどして収集しています。当館がこれまで集めた写真の一部を紹介しながら「ちょっと昔のあおもり」の記憶をたどってみます。(この項は、東奥日報社連載記事を転載したものです。)
 昔の写真などをお持ちの方は、青森県立郷土館(電話017-777-1585)までご連絡ください。
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by aomori-kyodokan | 2011-09-29 08:54 | 写真で見るあおもりあのとき | Comments(0)
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