上の写真(撮影:會田秀明氏)は昭和43年(1968)10月に撮影された青森市駒込川にかかる晴雄橋(桜川~松森)です。明治年間に歩兵第五連隊(場所は現在の県立青森高校)によって、浪打にあった練兵場へ通うためにかけられた古橋です。そのことから、「軍隊橋」とも呼ばれていました。明治35年(1902)の「八甲田雪中行軍遭難事件」に関係した兵士達もこの橋を渡ったのかもしれません。現在の青森高校東端から晴雄橋を通り、浪打の練兵場までは、本来、一直線の道でした。しかし、昭和30年代後半から行われた桜川団地造成により、一部が失われましたが、まだ、生活道路としてひっそりと使われています。
下の写真(撮影:藤巻健二氏)は、桜川団地の造成が行われていた頃に撮影されたものです。荒川や桜大通りがくっきり見えます。まだ、水田そのままの部分も見えます。画面下側に横一直線に見えるのが何かおわかりになりますでしょうか?晴雄橋から続く「軍隊道路」の一部です。歴史的道路が消え去る前の貴重な映像記録と言えます。
ところで、県立郷土館では、県内の行事や街並み、農民の暮らしぶりなどを撮影した古写真を、広く皆様方から提供を受けるなどして収集しています。昔の写真などをお持ちの方は、県立郷土館(電話017-777-1585)までご連絡ください。
(県立郷土館 相馬信吉)