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青森県立郷土館ニュース

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妖怪展展示解説 第4回 「生と死の世界-鬼子と幽霊-」

※ 妖怪展は、2009年度に開催され、盛況のうちに終了いたしました。

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↑「地獄を描いた十王図」(高沢寺蔵)

 人が生まれること、死ぬことは、人知を越えた世界であり、人々は様々な不安を抱いてきました。かつて西洋医学の知識が普及していなかった時代には、変わった出産があると、様々な誤解やデマを呼んで怪物や鬼子(おにご)が生まれたという奇妙な話となって広がりました。

 一生を終えてあの世へ行けば、人は十の地獄を巡って裁きを受けるといい、その様子を描いたのが十王図です。これらの図はかつて、正月十六日やお盆などにお寺で掲げられました。

 太宰治は小説「思ひ出」のなかで、幼い頃に地獄絵(十王曼荼羅)を見ながら、死ねば地獄で裁きを受けると聞き、恐ろしくて泣き出したと書いています。民衆の一般的な地獄像が普及していった様子を物語るエピソードといえます。

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↑「渡辺金三郎断首図」(正伝寺蔵)
 一方で、成仏していない死者の魂が幽霊です。幽霊は、自然から出現する妖怪と違って、都市の人間関係のストレスから生まれるといい、主に文芸作品のなかでもてはやされました。18世紀の有名な絵師円山応挙らによって足の無い幽霊像が造られ、19世紀の「東海道四谷怪談」などの歌舞伎や講談、絵画などで、髪を振り乱し、白い経帷子を着たおなじみの幽霊像が普及していきます。

 幽霊画とともに、残虐な生首の絵も描かれました。そのなかで有名なのが、渡辺金三郎断首図です。渡辺は、幕末の京都奉行所の与力でしたが、倒幕派の恨みをかって暗殺され、さらし首にされました。その姿を写した絵を弘前の個人が購入し、テレビで紹介したところ、生放送中に、つむっていたはずの右目を開いたという噂が広がりました。


 このように生と死は我々のすぐそばにあって、合理的思考と科学文明が発達した現代になっても、いまもなお恐怖を感じる未知の異界なのです。(学芸主査小山隆秀)
by aomori-kyodokan | 2009-10-01 11:15 | 妖怪
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